From d3639badd990b6acdfdaef92092ff33aee081e1c Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: =?UTF-8?q?=E6=9D=BE=E6=B5=A6=20=E7=9F=A5=E4=B9=9F=20Matsuura=20Tomoy?= =?UTF-8?q?a?= Date: Wed, 14 Jan 2026 17:35:15 +0900 Subject: [PATCH] [obsidian] vault backup: 2026-01-14 17:35:15[ --- content/コードとデザイン 授業設計の覚書.md | 28 +++++++--------------- 1 file changed, 9 insertions(+), 19 deletions(-) diff --git a/content/コードとデザイン 授業設計の覚書.md b/content/コードとデザイン 授業設計の覚書.md index 8dae0576..531ad72c 100644 --- a/content/コードとデザイン 授業設計の覚書.md +++ b/content/コードとデザイン 授業設計の覚書.md @@ -39,23 +39,6 @@ カリキュラムは全体として、コンピューティングの概念と基礎理論を理解するためのパート、Arduinoのチュートリアルパート、最終課題制作のパートと3つに分かれており、最終課題以外は概ね1コマごとに1WSを実施するような構成になっている。 - -1. Conditional Design Workshop -2. 電子工作脱入門:Electromechanical Oscillator -3. インバーターの製作 -4. 2進数カードゲーム -5. NAND回路と全加算器 -6. Arduino基礎 -7. 秋葉原に買い物 -8. 雑マウスの制作 -9. Processingとの連携/PONGゲーム -10. サウンド -11. モーター -12. 課題制作打ち合わせ -13. デジタルファブリケーション(手作り電子部品) -14. 課題制作打ち合わせ2 -15. 最終課題発表 - ## 前半 ### Conditional Design @@ -176,9 +159,16 @@ Processingだけで一人用PONGゲームを制作した後、Arduinoを経由 ## 授業設計全体の反省点 -前述した通り、本授業は筆者がSFPCで受けた授業内容を基に再構成したものである。その思想の源流を逆順に辿っていくと、SFPCが所在しているニューヨークで行われた、Experiments in Art and Technologyを代表とする1960年代のテクノロジーアートシーンがあり、E.A.Tに関わった多くの人(ロバート・ラウシェンバーグやジョン・ケージ)が関わった実践的なリベラルアーツの学校であるBlackMountain Collegeがあり、さらに上流にはBMCを立ち上げたジョセフ/アニ・アルバース夫妻の参加したバウハウスや、生活としての芸術や実学的教育を指向したアメリカの思想家ジョン・デューイなどに繋がる[@Taeyoon2016]。 +前述した通り、本授業は筆者がSFPCで受けた授業内容を基に再構成したものである。その思想の源流を逆順に辿っていくと、SFPCが所在しているニューヨークで行われた、Experiments in Art and Technologyを代表とする1960年代のテクノロジーアートシーンがあり、E.A.Tに関わった多くの人(ロバート・ラウシェンバーグやジョン・ケージ)が関わった実践的なリベラルアーツの学校であるBlackMountain Collegeがあり、さらに上流にはBMCを主導したジョセフ/アニ・アルバース夫妻が参加していたバウハウスのような学校や、生活としての芸術や実学的教育を指向したアメリカの思想家ジョン・デューイなどに繋がる[@Taeyoon2016]。 + +本授業の設計にあたっても、参加者が単に技術的なチュートリアルに追随するのではなく、なぜテクノロジーを学ぶのか、どうやったら日常生活の中に、些細であったとしても、ありものを探してくるだけでなく、自分で道具を作ってみるところから始めるという発想をインストールできるかという点を重視して設計し、そうした目標に関してはある程度達成できたように思われる。 + +一方で、BMCやSFPCで行われていた教育の重要な点の一つは、参加者自体が自発的に学校の運営に携わる姿勢である。BMCでは農作業や家畜の世話などの生活レベルでの学校参加が行われていたし、SFPCに関しても基本的に1日ごとに1トピックを集中して扱い、じっくり課題に向き合う時間が取られていたほか、生徒同士で教え合うための時間や工夫が散りばめられていた。90分x2x15コマというフレームがあらかじめ定められている上に、必修の授業でもないという本授業の前提がある中で、こうした学びのフレームワーク自体の大局的な見直しに関しては十分に行えなかったのが現実である。 + + + + -本授業の設計にあたっても、単に技術的なチュートリアルに追随するのではなく、テクノロジー