From 55178cc960d256eb46d2bccb926dcf41b7ec8b1c Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: =?UTF-8?q?=E6=9D=BE=E6=B5=A6=20=E7=9F=A5=E4=B9=9F=20Matsuura=20Tomoy?= =?UTF-8?q?a?= Date: Fri, 16 Jan 2026 16:24:08 +0900 Subject: [PATCH] [obsidian] vault backup: 2026-01-16 16:24:08[ --- ...化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために - 難波優輝.md | 2 +- 1 file changed, 1 insertion(+), 1 deletion(-) diff --git a/content/物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために - 難波優輝.md b/content/物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために - 難波優輝.md index afe9cba0..a2bc8055 100644 --- a/content/物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために - 難波優輝.md +++ b/content/物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために - 難波優輝.md @@ -23,4 +23,4 @@ date: 2026-01-16 14:22 これは少し共感できる話で、[[中途半端さの徹底はできない]]ということをよく考えている。何かを極めてしまうよりも中途半端でい続けることのほうが余程難しい、そして人はなるべくそのように生きるべきであるという根拠なき確信を私は持っているのだけど、そこに対する別解のように最後の章は読むことができた。 - +ところで、この本のテーゼとリンクするのは[[阿部幸大]]の[[ナラティヴの被害学 - 阿部幸大|ナラティヴの被害学]]かも。